天慶通宝  明占領期~独立戦争 1414-1428

順天元宝、紹平通宝  黎朝(Later Lê Dynasty)1428-1527


陳朝の後ですがいきなり明占領期のページです。途中を飛ばした訳ですな。

公開できる古銭がありませんが、陳朝〜胡朝〜後陳朝〜明占領期という歴史の流れがあります。




天慶通宝Thiên Khánh Thông Bảo1426-1428

後陳朝はほぼ滅亡同様の状態です。陳暠(Trần Cảo)1426-1428の時代。

同姓同名の陳暠は仏法僧宝で出て来まして間違っちゃいそうですな。

明朝の軍隊が来ていましたが、運良く永楽帝と洪熙帝が続けてお亡くなりになりました。

明朝としましては指揮系統が混乱したのか何なのか、結局は明軍が引き上げたとの事。

陳暠はラッキーですな。ホッと安心して天慶通宝を鋳造したのかも?(爆)


左は狭天闊字。コ頭通の2点通ですな。標準的形態。出来過ぎの感じも若干します。(爆)

真中は昂宝かな? コ頭通ですな。「寳」のハが開いています。

右は大慶背月です。見にくいですが月が左の位置にある物です。珍品かも?


Barker #28.1       Barker #28.11      Barker #28.17 以上





下図左は広慶背月ですか。背月は浅彫りでわかりにくいですな。

真中は闊字に似てますが該当なし? 宝の払いが真中に寄ってますな。

右は見事な背月でマ頭通ですが、銭譜もBarker先生も該当なし? 珍品かも?


Barker #28.6       Barker #28.9     Barker #28該当なし以上

(2019.01.13 3枚を追加。)





背月がわかりにくいので、うまく光を当てて写真を撮ってみました。








昔の銭譜では遼銭に分類される事もありました。安南銭は対読です。

遼銭にも通宝がありますが旋読。西夏銭は元宝のみで旋読。





順天元宝Thuận Thiên Nguyên Bảo)1428-1433

黎朝です。黎太祖(Lê Thái Tổ)1428-1433の時代。黎利(Lê Lợi)とも言いますな。

黎利は上記の後陳朝に仕え、明朝と戦いまして領地を奪還しました。

明の洪熙帝が死亡した事を口実にし明軍が引き上げざるを得ない所まで追いつめた訳です。

歴史の観点が変われば捉え方も変わるという話です。本当の所は不明です。(爆)

そして後陳朝の陳暠は役立たずなので処分して、黎利自らが皇帝になり黎朝を立ち上げました。


左は細字。下図の物は不跳元にも見えますな。

右は闊縁小字。下図の物はずいぶんと太字です。背にはネイルマーク付き。


Barker #29.1       Barker #29.5 


安南銭は対読ですな。中国の唐代には順天元宝の小平銭が存在し、そちらは旋読です。





紹平通宝Thiệu Bình Thông Bảo)1434-1439

黎朝の黎太宗(Lê Thái Tông)1434-1442の時代。


左は「通」の点が連なるタイプ。「紹」の刀が丸いタイプです。

真中も同じ様な「通」。そして平頭紹のタイプですな。

右は正字。2点通の大字タイプですな。


Barker #30.1       Barker #30.2      Barker #30.9 


重文は文字がズレて重なった物、重輪は縁に重なって輪がある、これらの意味を考えた上で、

点が2個=重点通? と呼ぶには何か違和感あり。よって2点通と書いてます。




左は小字。「紹」の刀ですがノとフが分かれているタイプですな。

真中も小字。左の物と同じタイプですが粗い出来具合です。

右はク刀と呼ばれるタイプ。


Barker #30.6       Barker #30.6      Barker #30.10 



下図の物は爪正隆手です。 Barker先生の書籍にも掲載されています。

これは後の時代に作られた物でしょう。


Barker #30.16 





真贋は永遠の謎。日本の古銭用語では甲文。英語圏ではネイルマーク=爪跡です。

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