天正通宝    (前西北遼)


エヘヘ皆さんもうお気付きですね。日本の太閤銀銭にずいぶん似ていますな。

永楽銀銭と同じ様に、天正通宝の小字も模写銭だった、という事らしいです。

当方もびっくりしました。


下図の天正通宝は前西北遼が鋳造した物との事です。

西北遼と日本との間には国交は無いけど、約400年後が日本の天正なので、

時代の経過によって永楽銭といっしょに日本へ持ち込まれたのでしょうか? 


さて、前西北遼の天正通宝ですが、別版の字が曲がってない物も存在しています。

通宝じゃなくて、天正元宝も存在しております。大先生のブログに掲載されています。

山人自藏前西北辽移剌窩斡的年号钱

天正《西北辽耶律窝斡》铸币概况 ←遼金銭幣博物館館長ブログ



左と真中が銅銭。右が銀銭。



西北遼は前西北遼と後西北遼がありますが調べてもほとんど判りません。

西北遼の皇帝は「耶律窝斡」、後西北遼の皇帝は「耶律德寿」です。

皇帝の名前で検索した方が資料は多く出てきます。


大先生の著作「契丹銭樹鑑賞与投資」にも少し記述がありますけど、

そこに掲載されてる天正通宝の図版が日本の古銭本からパクった天正通宝だもんな〜。

編集者が暴走か? 大先生も甘いのか、最終チェック漏れか? 誤解のもとだな。

大先生のブログに掲載している天正通宝は日本の書籍からの盗用では無いですな。




出土状況とか今後の検証を期待します。

真贋は永遠の謎。

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