保大通宝、元宝


下図の3枚は小平銭。真中と右が同一版。右は銀銭です。

保大通宝は寿隆通宝と同程度の少なさで他の元号銭よりも稀少と思います。


山人自藏保大元、通宝钱



下図は「保大元宝 折三」。左が銅、右が銀です。






下図の左は「保大通宝 折五」。右は「保大通宝 折五 背日月”kita-i”」スペシャル版です。

背の契丹文字は天顕通宝 折十銭と同じで 
kita、
i =契丹 ですな。

(スペシャル銭についての見解は →千秋万歳4に記載。)


珍《保大通宝光背折五》铜钱展赏

保大<<辽恭宗耶律延禧的第三个年号钱》铸币慨况



安南銭の保大通宝があり、そちらは対読で背十文とかがありますな。

Google画像検索で出てくるのは多くが安南銭です。


その他の話題としては、

南唐の保大元宝 背天が遼鋳であるという説が盛り上がってます。→南唐の保大元宝 背天



さてさて、以上で遼の元号銭は終了です。

保大が最後で遼は金朝に滅ぼされてしまいますが、王族の残党とか子孫が遠方へ逃げて

派生国家を作っています。北遼、西遼、西北遼、東遼、後遼ですな。

これらの国も銭を作りまして、当方も入手出来た物があります。


他には天慶の所で述べた大渤海国もありました。

また1122年、回離保が箭笴山で自立し奚国皇帝を自称しました。

でも、わずか数ヶ月で金朝に滅ぼされた。という国もあります。

この国も古銭がありますが当方未見。


以上が派生国。

衛生国は東丹国興遼にしましょう。→ ⑥衛星国と派生国

遼の影響下だった桀燕後晋、属国に近い北漢は五代十国の分類としました。




真贋は永遠の謎。遼の日はさようなら?

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